おもしろ住宅カレンダー2
2007年11月10日
前回の続き、6年分です。
2006年
キャン ユー スピーク ジャパニーズ?
「日本語、話せますか?」
外国の観光地でない場所で、日本人のような人に会ったら、そう尋ねることにしています。
実際、韓国や中国の人であることが多いし、
あらためて東アジアの人間は見分けがつかないと教えられます。
土地の人からはもっぱらチノ?チノ(中国人)?と聞かれますが、
確かに彼等は世界中どこでも出掛けています。
でもお互い日本人とわかると、若い女性でもにっこり微笑んで話をし、
時にはお茶や食事を一緒にすることもあります。国内ではあり得ない旅の楽しみです。
ところで、
ルーマニアとハンガリーの国境を越える列車の中で
一人旅の日本人に初めて会ったと言われました。
これはほめられたのではないと、返事につまりました。
2005年
喋れないから旅は楽しい
昔のままの家が残っているような小さな村や町に行くと
そこには少年の頃の自分が遊んでいて「久しぶりだな」と声をかけたくなったり、
もっと歳をとりおじいさんになった私がいたりします。
肌の色は違うし言葉はまるでわからないのですが、
そんなことはどうでもよくなって、
すすめられるまま上がり込んでお茶を飲んでにこにこ微笑んでいたりします。
そんな旅をして帰って来ると、
周囲がよそよそしく何か知らない世界にやって来たような気がする一方で、
喋っている言葉がわかるのがなんとも不思議な感じがします。
もし肌の色が違い言葉がわからなければ、
お互いもっと親切になるに違いません。
2004年
親切に助けられて旅ができる
民家を訪ねる旅をしていると、ほんとうに沢山の親切に出会います。
まったく見ず知らずの外国人なのに、笑顔でやさしく声をかけてくれる。
道を教え、あるいはそこまで案内し、
また家に招き入れ、飲み物や食べ物をくださる。
これからもう二度と会うことはない日本などまるで知らない方なのに、
いえ貧しく生活は苦しいだろうに、そんなことお構いなしに、
それが当然のようなやさしさだ。
だから旅をすることができると、
いや親切を受けるために旅をしているのではないかと思えるほどです。
世界には「旅は道づれ世は情け」という言葉が生きています。
2003年
尋常であること
民家の写真を眺めると、何十年も何百年も変わらない日常が写っています。
そのことを尋常と言って
あたりまえのこと目立たないで品格のあること、すなおなこと立派なことだと考えていました。
つい30年前までは普通にみんながそう思っていました。
めまぐるしい時やどうしようもない時こそ、
じんじょーにじんじょーに尋常に、常を尋ねましょう。
きっとホッとした気分になれますから~。
2002年
時の流れが写っている
この世界の民家の写真を見ていると、
今日の生活が、明日も明後日も自分が死んだ後も続いていくと信じられているようです。
そこには明日つまり未来があるから、
家族だけでなく親族やご近所とのお付き合い、
思い出という過去や、時には祖先や神様も一緒に住むことになります。
つまり家の中に時の流れがあって、それが写っています。
一方、
私たちの住まいは、はるかに便利にピカピカにできていますが、
そこには時の流れがあまり感じられない、何故なのでしょう。
2001年
古いものを壊すと、私が無くなる
昔からの住まいや町があるから私たちはわたしたちであることができる、
民家に住んでいる人はそう考えています。
では縁側に障子の住まいやその町並みがなくなると日本ではなくなるのか、
私たちはあまりそう思っていないけれど、
世界から見るとそれはちょっと信じられない考え方のようです。
でも日本って何なのでしょう。
日本人ってどうなろうとしているのでしょう。
世界の民家を見ているとつい日本のことを考えてしまいます。
2000年
家が風景をつくっていると感じるようになった
このカレンダーの撮影をしている小松義夫さんが、これまでのおもしろ住宅の写真を集大成して336ページの大判の本にしました。「地球生活記・世界ぐるりと家めぐり」(福音館書店発行)
世界59カ国、約128の地域、1,700点の写真がまとめられています。一目見ただけで時間と労力のかかっていることがわかるためか、多くの新聞や雑誌の書評に取り上げられ、びっくりするほど好評です。ぜひご覧ください。
その前書きで小松さんが書いているのが上記、「それまで家は風景の一部と考えていたのに、家が風景をつくっていると感じるようになった。」家の写真を撮ることがおもしろくなって、感じたことだそうです。このカレンダーが、世界でたった一人の住宅写真家を誕生させたのです。