旅をしている人
田原 晋

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屋久島への旅0711

1. 屋久杉の森

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 3,000年いや7,200年という説もあるらしい縄文杉を見に行ったのだが、同時に10年いや生まれたばかりの杉もそこにはあった。自然を見るのだから当然のことだがそれは常に生まれ変わっている。その生きているさまや再生していく状況を見ることができる。世界自然遺産ではあるが、遺産ではなく存続している状態、ヤクスギランドでも自然館でも環境文化村センターでもそれは当然のように解説され展示されている。でも、これは屋久島ならではの相当に稀有なことなのではなかろうか。
 江戸時代のあのような伐採、切り株や倒木をそのまま放置した森は亜熱帯で雨の多いこの島でなかったら、荒れ果ててレバノンや黄河流域のようになっていたに違いない。しかしここでは倒木や切り株には緑の苔が生えてアニメのように美しいし、それが栄養たっぷりの苗床になって2代目3代目の樹木を生育させている。木を切ったことはなんらとがめられることなく、自然の変化と同じように認められ、つつがない歴史として続いている。そこには人間が生まれて死んでいくのとまるで同じように考えられ、何の疑問もそこにはないようだ。屋久島の人と同じように、観光に来た人も同じ感想を持ち帰っていく。

 マレーシア、クアラルンプールの郊外に植民地時代にイギリスが作った植物園がある。地上から10~20mの高さに空中通路があって熱帯雨林を上から見ることができるのだが、そこで次のような説明をされた。「前後で森の高さが違うでしょう。人間が一度でも手を加えた森は、原生林に比べて7割の高さにしか回復しません。そこで成長が止まってしまいます。だから原生林に手を加えてはいけないのです。」その時は大変に納得をしたのだが、屋久島を見た今は少し見方が変わっている。原生林だって自然倒木はあるだろうから、常に再生している筈だ。だとすれば、それは伐採の量と頻度の問題だろう。その許容量を越えた森は、以前よりやせ、また限界点を越えると枯れ果てて荒地になるだろう。
 屋久島の森が、江戸時代伐採を始めた時と比較して、低く弱々しいものになっているか、あるいは変わらない太古の昔からの状況にあるのか、私たちはもっと慎重になっていいのかもしれない。いや屋久島の外では、すでに自然を日常的に観察しなければならない時代を迎えてしまっている。屋久島も、それと無縁ではないのだから、その特別な立場を認識した上で先輩としての育成や再生の方法を語ることが求められている。
と、旅行者はいい加減に思いつくのだが、ほとんどの場合現実はすでに動いているものだ~。


2. 生命の島とひげ長老

 空港の近くで珈琲・樹林という看板を見つけて、大きなテーブルに一人すわって朝のコーヒーを注文した。先客は2名カウンター席でコーヒーを飲んでいたが、気がつくと壁一面に雑誌が飾られている。季刊誌「生命の島」、もう80号を重ねている。創刊は1986年だからもう20年続いている。どうやらここが編集室になっているようだ。観光客目当てのタウン誌ではなく島に住む人への内容だが、島の外の人間からこの星にまで意識がくばられた総合誌になっている。
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 例えば80号では、町村合併で生まれた屋久島町について、その初代町長候補予定者のマニフェストが特集。連載に「やくしまの食」や「民族行事」の紹介がある。同時に島在住の登山家による「カラコルム氷河の旅の報告」や長年つづいている「フィールドワーク講座の報告」森林伐採と暮らしについての報告とそれに参加した学生たちの感想がある。バックナンバーにも文献資料になるものが多くあって、その総目次が紹介されている。このような雑誌があって、しかも続いているのはちょっと信じられないことだ。
 どうやらこの島には多くの科学者や技術者が訪れていて住んでいる人との交流があるようだし、若いガイドは県外の人が多いと言う。高齢化時代を向かえて移住する人も少なくないようだ。常に外からの出入りがある社会は、ふところが深い。この島は自然や人と同じように、思考もまた常に若返り再生しているようだ。民宿のご主人も外からの移住者に一家言持っていて(都会の住まいをおいたまま単身で来る人は、何も知らないのにすぐに仕切りたがる人が多い)、それは定年退職者にこちらが感じることと共通していて楽しかった。

 以上に結び付けるには強引過ぎるかもしれないが、ヤクスギランドの奥に大きな杉が見つかり名前をつけることになり、1,000を越える応募の中から小学1年の少女がつけた名が選ばれた。根元に生えた植物からヒントを得て「ひげ長老」という。これまでの名前、縄文杉・仁王杉・夫婦杉などと比べると、なんと新しくみずみずしいことか。ネーミングにはもちろん、それを選んだセンスにも感心した。この島にはこのような新しい芽を生み出し育てる知性があるのだ。
もう一度訪ねることがあれば、樹林の自家製のケーキをぜひ賞味したいものだ。ただしこの島の水を飲み続ける(人とことば 便秘の島 山本晃司)つもりはまだない。

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