旅をしている人
田原 晋

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イタリー(シシリー島)~チュニジア0902~03

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*シシリーのマークです、3本の足は3つの岬を表しているとのこと。


1. 旅の必需品

  何度も言っていることだけど、旅の荷物(もっぱらキャリーバッグ)は、自分で列車の網棚に上げることができる大きさに決まっている。日本のお店では旅行日数によって大きさを決めているが、それは他人が運んでくれるツアーが前提になってのことだ。自分で運ぶとなればそうはならない、日数や季節による持ち物の変化も、この大きさに合わすしかない。衣服も限られるので、下着は古くなったのを残しておき旅の途中で捨てていくことにしている。そういう状況でも旅を続けているうちに、他の方とはちょっと違う必需品ができてしまった。それをご紹介します。
 まず「折りたたみ式のバケツ」、もちろん洗濯用。これは世界を旅している写真家の小松義夫さんにすすめられたものだが、ホテルの洗面台や浴槽にゴム栓があるとは限らない、着替えの少ない身には洗濯ができないのは大変に困る。以来その教えは忠実に守っている。だがインドの地方などいかにも必要と思える地帯は意外に大きな洗面槽やゴム栓がしっかり用意されていて、むしろ先進国の新しいホテルの方が格好はいいが金属の栓がよく閉まらなかったり、とても小さかったりして、このバケツを使用することが少なくない。付属品として折りたたみ式の吊り具も忘れられない。荷物が小さいということは、洗濯の回数が多いということ、洗濯をするために旅していると思うこともある。
 次に、今回の旅でも活躍したが「自転車のチェーン」、これは数時間だけある町を見物しようとした時に必要になる。一時預かり所や大型のロッカーがあればいいが、それがない場合にこれが活躍する。そんな危ない、取られてしまう、と皆さん言われるがこれまでのところ無事だ。こちらが使うのは観光地、誰でもが荷物の主はいま観光中だと気付くような場所だ。そこのなるべく目立つ場所に、よく見えるように取り付ける。バス停や待合室のベンチなど、できれば見える場所にお店などがあってそこの人が気付くような位置がいい。預かるのを断った人ならなおいい、ここに付けたと笑って挨拶できたら安全度は高くなる、彼らが知らないよと言いながら、見ていてくれるに違いないから。
日本なら倉敷や有馬温泉の駅のベンチにあれば、きっとこれは観光客のものだと思ってくれるに違いない。もっともこの国では人間を信用しなくなって、持ち主不明の荷物は大騒動になる可能性があるけれど、世界の人にはまだ同じ人間同士だという信頼感が期待できる。
 そして今回、これからは必需品にしようと考えたのが「プラスチックのケース」。クッキーや陶器のお皿やわら人形など、壊れるからと持って帰るのをあきらめるものが少なくないので、そのために持参することにした。お菓子屋さんでは、ビニールの袋かせいぜい紙箱しかないことが多いので、それを入れるしっかりした容器が必要になる、でも100円ショップは存在しないし、文房具屋さんにファイルのケースがあるとは限らない。今回はアイスクリームのカップを思いついたけれど。小さくて結局お土産にはならなかった。やはり、持参すべきだろう。かさばるけれど、中空のまま運ばなければなんとかなるだろうと思っている。
写真のお裾分けで申し訳ありませんが、求めてきたそのクッキーをご覧ください。松の実とビスタチオそれぞれ一粒一粒さしていったに違いありませんから、大変な手間です。これをなんと量り売りしてくれ、そして何より1週間以内でないとおいしくなくなると賞味期限を心配してくれました。
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  それにしてもわがキャリーバッグ、石畳の道をひっぱられたりバスの座席下の荷物入れに押し込まれたりして、ほんとうによく働いてくれている。

2. お店だって休むわよ
 昨年からイタリアを旅しているのだが、その生活時間のズレはやはり慣れない。それはどうももっと深いところにある意識とつながっているようで、変更は意外にむつかしい。
こちらには繁華街に行くとそこは日常とは違う場所で、買い物と食事が同時に提供される特別な空間という意識がどうしてもある。物欲と食欲は一体になっていて満腹になると物が欲しくなるし、買い物をすると一休みしてそこで出てきた食欲を満たそうとする。繁華街という装置はそれを一緒に提供する場所という思い込みがあって、それから脱け出せない。たぶんそのためだろうと思うが、朝食を済ましたばかりの午前9時に商店が開いても、買おうという物欲は働かない。
そういうことにはお構いなく繁華街の商店も朝9時には開いて、お昼には閉まってしまう。それは働く人のお昼休みの時間で3時か4時にまた開くのだが、今度は朝から開いていたカフェや簡単な食事を出してくれる店は午後6時には閉まってしまう。つまり物欲と食欲はまったく違う行為として存在している。言い直せば繁華街の商店も、食料品などを売る市場の店と同じように扱われている。いやもっと言えば、お医者さんもサラリーマンも役所もみんな同じ働く人なのだという認識で成立していると言えそうだ。
こちらの頭の中に、お医者さんが診察時間は午前中と夕刻ですと言えば素直に従うのに、商店だと「あれっ」と思ってしまうところが、やっぱりある。その上、このところの世の中の意識は消費者側を優先して、そこで働く人のことはあまり考えない。働く人の生活より、消費する側の便宜、顧客満足度を考えて当然と思っていて、開店時間を長くする、地球の裏側の便宜を考えて真夜中勤務もまた当然と考える、などますます働く人の生活を圧迫している。彼らも私と同じで家に帰れば家族がいて、そろって団らんをしたいに違いないのだが、そこに思いいたる人は少ない。
このところはさらに百年に一度の不景気だからと、景気回復のためならすべてを犠牲にして当然と考えるのが常識になっている。そこに無意識だが商店に対する蔑視というか、階層意識が刷り込まれているのだろうか、あ、そういう意識があるから正社員と派遣社員を別の人間と分離して見ることも平気になっているのだろうか~など、と思うのだが。それを言うと、じゃあなたは不景気でいいのかですかと反論されてしまいそうだ。

とはいえ、意識では以上を理解したつもりでも、朝から歩き回ってお昼をつい簡単にお弁当ですましてしまう習性が身についている農耕民族の末裔のわが身には、太陽が沈むとぱったり元気がなくなって、8時近くならないと開店しない高級リストランテまで、とても待つことはできない。幸い中心から遠いシシリーやチュニジア(フランス文化だ)では、6時半には開く家族向きの大衆食堂があってその一号客になることができる。
img20090414215229983パレルモの大衆食堂、6時半もう30分もすると家族連れでいっぱいになります。10人くらいの大家族もいたり、大変にぎやか、ほとんどお店の人とも顔なじみ。かまで焼くピッツアもあります。


  そして夜10時前にはもうトロトロになってベッドに倒れこむことになるのであります。



3. 無意識の蔑視
 チュニジアはもちろんシシリーでも、日本人というか黄色人種が珍しいらしくいたるところで声をかけられた。というよりチノ(中国人)、ジャポネがいるという驚きの声があがる。最初のうちはジャポネだと訂正していたが、そのうちあまりに多いのでどちらでもいいと思うようになった。彼らにとってその差はほとんど理解できないようだし、実際見た目で言えばこちらにもわからない。また国として理解している人も少数だし、経済発展は中国もしているからますます似た国になっている。
とはいえこのところ若い人の間では違っていて、マンガの国から来た人だと尊敬のまなざしになる。そうなるとこちらもうれしくなって日頃のどちらかと言えばマンガ嫌いは棚にあげて、それを広めた方たちのご貢献に甘えることになってしまう。確かにテレビを見ると、アニメの技術についてはまだとても大きい差があるようだ。こういう場合は、名前をカタカナで書いてあげて仲良くなることにした。先方にアラビア文字で書いてもらうのも、なんともうれしい。
 それにしてもジャポネと言われた途端、手を触られたのはびっくりした。悪気がないことはすぐにわかったのだが、どうも不思議な動物の一部に触ってみたい欲望が素直に出てしまったようだ。相手は遠慮という言葉を忘れた中年のおばさんたち(群れ)であったのだが、そういう遠慮の必要のない動物に見えたのだろう、ご本人は意識していないだろうが一種の蔑視だとその時に気付いた。自分たちよりもちょっと下の存在というか、愛玩の動物の感じがしたのだろう。それにすぐに仲間になろうとする一般的な私たちの態度、商店街では「オゲンキデスカ、ヤスイデスヨ、ミルダケ」と声がかかる、こういうことを言われる国民も考えてみればとても珍しいことだ。
 ということを経験して、戦後多くの先輩たちが世界に散らばっていろんな商品を売り込んだ、その結果としての経済発展という果実を得たのだが、その成功の何分の一かにこの意識されない蔑視がうまい具合に効果を上げたのではないか、元サラリーマンとしてはそのように思った。この陳腐な動物が一生懸命にお願いするのだから、「ま、聞いてあげるか、それくらいいいだろう」。がんばった先輩たちはお認めにはならないと思うが、それは悪いことではないとあらためて考えた。

私たちはそういう類まれな才能を生まれながらにして持っている稀有な人種なのだ。あらためて世界にあるどうしようもない紛争や問題を解決するのに、意外にももっとも貢献できるかもしれない、と意識したのでございます。すでにそれを実践なさっている方が、多くはないだろうけどいらっしゃるに違いありません。

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