旅をしている人
田原 晋

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寧夏回族自治区~西安0907~08

中国・寧夏~西安20090726~0806
Ningxia Huizu Zizhiqu・寧夏回族自治区09年関西日中・交流、教育支援ツアー
~Xi’an (ShaanXi 陝西省) ・黄土高原民家訪問~・西安ひとり街歩き
旅で思ったこと


1 料理について
 今回もいろんなものをおいしくいただいた。それをちょっとまとめておきます。
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 まず「羊のしゃぶしゃぶ」この地域の第一の名物のようで、最初の銀川、固原、西安と3ヵ所で食べた。基本は同じ銅製の火筒にリング状の鍋がついていて、その湯に薄い羊肉を浸けて食べる(もちろん灰汁は取らねばなりません)。だが添えられるものが場所によって少しずつ違ってその変化が楽しかった。白菜、春菊ちんげん菜などの青菜、スライスしたさつま芋やポテト、もやしなどの野菜。茸いろいろ。お豆腐は白いものや黒いもの、お揚げもあった。ゼラチンのような脂身はこんにゃくのようで、うっかり沢山食べてシマッタ(西安)。魚のすり身を入れるとつみれ(団子)になって感激した(銀川)。春雨(というよりビーフンか)、そばが最後に出るが、出汁がおいしくて見事。こちらはもっとスープを飲みたかったが、小さな蓮華はもどかしい。テーブルには他に野菜炒めなどの料理も並んだりする。そしてスイカなどの果物。あ、最初から最後までカンペーイ乾杯が入るのは、仕方ありません。
 大テーブルを囲むご馳走もあった。通常というかこちらが知らない料理もいろいろ出て感激した。お魚のあんかけ姿煮(鯉ではないと思ったけれど)、ハムやソーセージ各種、冬瓜やにが瓜、マーボ豆腐のいろいろ。粟のお粥。その季節、その場でしか味わえないものだろう。ただ大料理店のそれは一般向けに味付けしたためというか、日本人の好みを意識されたためか、味付けが薄いというかメリハリが弱いような気がしてちょっと残念だった。
 その点、移動中に立ち寄った米脂や延安の食堂は、運転手さんが友人だと言ったことも幸いして、ニンニクと唐辛子が効いて辛いけれどおいしいという感激的な味であった。そしてこれは、最後に一人で歩いた西安の回族のお店の、店頭で料理する餃子やビーフン土鍋(個人用だからスープがこころゆくまで楽しめた)に通じているように思った、何より安いのがうれしい。
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 ただ今回の特別は、民宿した常さんのお宅の料理で、他では決して味わえないものだった。そばを打つというかところてんのように押し出す麺を、そのまま熱湯に受けてゆでたもの。やはりつくると同時にお湯に入れる水餃子。これらの味は食べた場所が風の吹きぬける中庭であったことも加わって、もう二度と味わうことのできないものだと懐かしく思う。


2 キラキラした子どもたちの目
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 19人のキラキラした目がこちらをみつめている。その目に応えられるほどのものを与えることができるとは思わないが、できるだけのことはしなければと思う。先生という仕事はこの目に出会えるということが、おそらくいちばんの喜びだろう。
 ただこちらは、この目が一瞬のものに過ぎないことを知っている。それは自分たちがハングリーで、でもそれを努力によって自分の望みはかなえられるのだと信じることができる時期だけの輝きだ。すでに日本の子どもたちはこの輝きを失っているし、北京の子どもたちもそうだと言う。そこではもう全部ではなくごく一部の、自分の願いを信じることのできる環境にたまたま出会った特別なグループか個人が、そういう目を持つだけだ。だから余計にこちらは、彼らをいとおしく思う。
その時間の中で、描いた絵に自分の名前を入れてもらった。それを見ながら、それぞれの親が期待するまたは願っている子の姿がこめられているように思った。女の子が大半だったのでそれで見ると、約半分には形容詞がついていて複数ついていたのが、小と静。名詞では、雲霞雪といった自然現象、花蘭鳳という植物、そして琴という楽器。ほとんどが農家だろう親の願いが見てとれる(あ、簡体字で書くと雲蘭鳳はとても簡単、雲は云、蘭は羊の縦棒なし、鳳は几の中に又)。
農村のここでは女の子に可愛さやさしさが期待されている。ところで北京からの通訳さんは燕燕、留学生さんは海燕で、似ていて驚いたがもっと自分の意志を持った自由で独立した人生が願われたようだ。そしてお互いそれを自分のものにしている。


3 70歳以上は無料
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 前回も書いたが中国では、70歳以上は無料、60歳以上は半額という割引制度があってチケット売り場に表示してあり、窓口も専用になっている。外国人については決まっていないようで、場所によって対応は変わる。関係なく大人料金にするところ、半額にするところ、無料にするところ、窓口次第だ。
 一般的に、外国人の多い有名な場所は窓口の人に英語を話せることが多いためか無料にはしない。これは中国人のためのものだから外国人にはだめです、と言ってそこはやはり儒教の国、目の前の老人から全額を取るのは申し訳ないと思う人もいるようで、半額になることが多い。でもこれは窓口次第だから、こちらは彼らが期待する老人らしくふるまう以外に方法はない。その方法はよくわからないけれど、無料で当然だという態度より、安くしてもらえるならありがたいという素直さのように思う。
老人に見えるかどうかについては心配無用のようだ、とっくに老人に見えている。電車やバスでは入り口の混んでいる場所にいればいいが、つり革を持ったほうが安全だと思って座席の方に移動すると、それがもう老人に特有の行動と捉えられて席をゆずられることになってしまう。メタボな人のことはわからないが痩せている当方は、小津映画に出ていた笠智衆さんのように典型的な老人に見えるようで、むしろがっかりしてしまう。
 さて今回の旅で無料になってもっともうれしかったのは、陝西省歴史博物館。大変な行列で後ろについたら30分はかかるところが、誰もいない老人窓口で無料にしてくれ、おかげでさっと入ることができた。その前の大雁塔の入場が成人料金、塔へ上がるのが無料というまだらな対応であったことも、ラッキー感を倍増させてくれました。
 取られて仕方がないと思ったのは、西安駅近くの城壁への入り口。しっかり成人料金を取られた。上がるのは鉄製の階段、ほんの15m程度、カメラを持ったまま軽い気持ちで登り出したのだが、途中で梯子に切り替わる。しかも段差がとても大きく踏み板も持ち手も細い丸棒なる。カメラを片付けることはもう不可能、怖いと思ったがそれを確認するべく下を見れば、もう足が笑い出すに違いない。目の前に出てくる鉄の横棒だけを見て、身体を梯子に密着させて、ゆれているのを無視し、慌てるなと言い聞かせつつ、ゆっくりと大急ぎでともかく上がりきりました。で、この男なら上がれるだろう、つまり成人並みと認めた値段であったのか、これは仕方がないと思ったのであります。もちろんそれを降りる勇気はまったくなく、もっと楽な降り口があるだろう3km先の東門を目指しました。
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4 陝西省歴史博物館にて
 博物館は週日なのに大変な人、切符売り場は行列、内部も人が溢れていて、通路のベンチも満席。第1室、先史時代から秦、第2室は漢から唐の前まで、第3室は唐とそれ以降、という構成。ここ西安は長安と呼ばれ、その間のほとんどは首都であったのだ。ほの暗い大きな空間のガラスケースの中に置かれた展示物と、黒いシルエットのかたまりになって移動していく人たちの両方を、眺めているうちに、いろんなことが浮かんできた。

 私たちはこの国の人を漢民族というひとつの民族と思っているけれど、それは大変な複合民族だ。背の低い小さな人たちも、巨人と呼びたくなるような人たちもいる。顔つきだって日本人に似た平板な人も、彫りのふかい鼻筋の通った顔もある。私たち大和民族だって北と南の複合と言うけれど、そんなものと程度が違う。時期によっては3つにも16にも別れて外国として戦っているし、異民族に征服されていた元や清の時代には混交はもっと進んだだろう。民族としてはひとつにしか数えられないだろうが、その内実は私たちの常識とは大きく違う。
 そしてこの場所は、見ている人たちにその違いを忘れさて、愛国心という強い共同意識を育てている。なんてすばらしい国か、われらは世界の文化の中心であったのだ。
 そういう人たちから見ると、少数民族といわれる人たちに向けられる目も、また大きく違うだろう。それぞれが特別の文化を持っている人たちだとはわかっているが、やがて私たちとひとつになっていく歴史の過程にある、そう思うことはごく自然にできる。いえ、その方が真っ当な見方だと考えることも可能だ、じっさい自分たち自身がそうであったのだから。
オリンピックの入場式典で、少数民族の代表としての子どもたちを可愛らしい漢民族に代替して何の悪びれることがなかった、というよりそれを問題視する意見の意味がまるでわからなかったことも、同じ考えの上にありそうだ。
それ以上に、国内で起こるデモなどの騒動に対して反乱として徹底的な態度を取ることもまたごく当然な行動と言えるかもしれない。この国では、国家は変わってしかるべきものに過ぎない。正しくない国家は、糾弾する勢力によって退場させられる。そのような歴史を認識していると、その可能性を感じさせるグループへの態度はまた徹底的になる。可能な間につぶしておかないと、自分たちの存立に関わる、正当防衛だという意識が常にどこかにあるのかもしれない。
灯りを落とした暗い大きな空間の中で、大人も子どもも男も女も、人々はひとつのかたまりになって続いている。皆さん誰も思いつきもしないことを、こちらだけが考えている。

 と同時に、昨日の西安のシンボルである城壁の上を歩いていて出会った人たちは、まるで違っていたことを思い出した。皆さん、歩いたり走ったり、また自転車に乗っていたり、あるいは観覧用の電気自動車にいるのだが、誰もがとてもにこやかだ。手をふると、にっこり笑って片手を上げたり言葉をかけたりしてくれる。
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最初は欧米の人でやはり違うと思ったけれど、次々に出会う中国の人もまったく変わらない。日頃とは違う開けっぴろげな、やさしい人格になっている。屋上という、特別な気持ちのいい場所に置かれた仲間同士という意識が生まれるのだろうか。あるいは隠れることのできない広い空間にばらばらに置かれてしまうと、どこの国の人も同じような人格になるのだろうか。
あ、ひょっとしたらそういう人たちのことを国際人というのかもしれないと思いついて、この妄想は悪くないと、一人うれしくなったのであります。

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