旅をしている人
田原 晋

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湖南省への旅1009

旅で思ったこと

1・湖南省の学校と子どもたち
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 中国の義務教育は9年、その間をひとつの学校で学ぶ。1~2年生は自宅から通えるように分校が設けられているが、3年生からは本校に、つまり大半が寄宿舎に入る。私たちが行った5校は生徒数は250から1000名という幅があり平均は600名で、1クラス50~60名も普通のようだ。寄宿舎に入るのは65%。週末には自宅に帰るのだが、幼い子どもたちも親元を離れて生活している。学費や寄宿舎の費用は無料、昼食代だけが自己負担などと学校によって少しの違いがあるが、親にとってはその費用も大変なようだ。一方この体制が、親たちの出稼ぎを可能にしている一面もある。全体の60%が出稼ぎに、両親とも出稼ぎで祖父母に面倒を見てもらい夏休みなどに親元に行く子もいる。
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 こうして子どもたちを抱えた学校はまた、とても忙しい毎日を子どもたちに与えている。午前中は授業、午後は授業と体操や運動、夕食後も授業があって、ベッドに入るとすぐに電灯が消されて眠ることになる。寝床での私語は禁止だし、といって一人きりになる時間も皆無と言ってよい。もちろんテレビを見るようなこともない。
 学校は進学率の良さやいい学校への入学を誇っていて、昆虫採集など学問への興味を持たせたり音楽や美術など趣味を伸ばしたりする学校は少数派だが、そんなことに関係なくすべての子どもたちは明るく、未来を信じているように懸命に勉強している。そして学年を間違えてしまうほどに幼い。
 私たちが訪問しての突然のビオラ演奏(なんと今回のメンバーには、若いビオラ弾きがいました!)にも、お絵かきの授業にも、目を輝かして取り組んでくる。意見を聞くと、各自手をあげて自分の感想をきちんと話してくれる。さて、その理由を、私たちは簡単に貧乏のなせるわざだ。かっての日本もそうだったと納得する。でもそのような見方だけで済ますことでもなさそうだ。
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 こちらの見たところ、運動場で1列に整列したり、輪になったりすることがとても下手だ。体操は、同じ運動をしても各自がばらばらで、少しもそろっていない。教える側に最初から、全体を合わすなどという発想がないようだ。また運動場の隅っこは紙きれやゴミで汚れているが、それを皆で片付けるということはないようだ。先生はそれぞれの子ができるかできないかを見ていて、全員が揃うことなど問題にしていない。できない子にはそれはそれで仕方がない、と思ってしまうのかもしれない。考えてみれば、一糸乱れぬ行動ができるようになって、その子のどんな才能を伸ばしたことになるのだろう。
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 といって寄宿舎のおふとんはきちんとたたまれているし、各自の唯一の持ち物らしいリュックサックが枕元にきちんと置いてある。それは家庭内のしつけとして教えるのだろうか。その気になればできるのだと、見なおしたりする。
ともかく、そのあたりの先生の態度が日本の学校とは違うようで、ひょっとしたらこちらの方がいいのかもしれないと思ったりした。


2・今回のグループ

 今回の訪問には、通訳として中国語を学ぶ学生さんが2名加わってくれた。また向こうでは日本語を学ぶ学生さんが同じように2名加わった。これがとても良かった、若い人がいるだけで、生徒たちの反応が違う。いえ私たちのバスの中まで雰囲気が違うではないか。また学生さん同士の交流も生まれて、彼ら自身にも忘れがたい旅になったに違いない。これからの旅の基本のスタイルにしたいくらいだ。
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  もう一人、若いビオラ弾きがいたことも、また訪問を豊かにした。子どもたちはこれまでに聴いたことのない音楽を、その不思議さを生まれて初めて感じてくれた。その中島由布良さんがまた素敵な人で、条件の悪い場所での演奏にも気さくに応じてご自身も楽しんでいるようで、うれしかった。クラッシク音楽の世界でこういう方はほんとうに珍しい。
 このようなただいるだけで周囲を引き込む若い人たちに対して、退職した元教師2名がいたことも忘れられない。授業とはこういうものだというお手本を、最初の一言から全開して示してくださったようで、子どもたちは熱心についていった。あ、中学の数学の先生は、自らの暗算でソロバンにも計算機にも勝つことで、人間のすばらしさを示された。
(こちら、テンプラ教師は大反省したのであります。といってどうしようもないのですが)
そうか、教師という職業はいるだけで周囲を明るくする若さの魅力から、技術をみがいてベテランになっていくのだと、その一生を少し羨望したりした。

 とはいえ、このお二人とも留守のあいだのお連れ合い(元教師)の3食をすべて用意して、そのメニューを冷蔵庫のドアに書き出して来たとのことで、のけぞるほどにびっくりした。専業主婦すら相手の退職後はやらないことなのに~
(突然で申し訳ないけど家庭科の先生、これは大問題でございますわよ)。
 

3・食事について

 この旅のもっともすばらしいことのひとつに食事がある。今回もそれを裏切らなかった。とくに学校を訪問した昼食に、ほんとうに感動した。それは集落にひとつの食堂であったり、そんなものはないから給食のおばさんがそのキッチンで腕によりをかけて準備していただいたりして、その土地ならではの食材、伝統の料理法が示された。また私たちがテーブルにつくのを確かめてから炒め物をスタートするなど、いちばんの味を提供しようという心に溢れていて、おもてなしの心はどこにでもあるのだと思ったりした。
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 通訳のカクさんが料理に詳しく、これは豚一匹が調理されている。ほらこれが耳で、ここが足、そしてこれが皮だし、胃袋もある。日本ならお魚でやることとまるで同じなのだ、それは牛でも羊でも、万国に共通の料理法なのだと納得した。
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 今回の料理では、鶏の頭がそのまま煮こんであって、選ばれた数人がそれを味わうことができた。感想を言えば、それは鯛のお頭とまったく同じで、頭の部分の薄い肉はこりこりして、目玉の周りは魚と同じくぬるりとしていた。また豚の足は爪がついたままで、それもあるべきだなぁと味の濃さに感激した。
 何時も最初は写真を撮りメモを残そうと思うのだが、次々に出すのがこの国の料理方法で、結局何時も最後には、食べる方に熱心になってしまった。そのメモから食材だけを書き出すと、豚、鶏の全身、川魚、エビ、蛙、蜂の幼虫、あひるの玉子(ピータン)、もずく、はるさめ、豆腐、豆乳、野菜はシーズンでこれまでになく豊富(えんどう、ピーマン、きゃべつ、白菜、チンゲン菜、トマト、ナス、豆いろいろ、ナッツ、とうもろこし、じゃがいも、長芋、サツマ芋、かぼちゃ、冬瓜、キウリ、茸いろいろ、大根、レンコン、唐辛子などなど)そのままであったり、粉にして調理したり、してあった。果物もスイカ、マンゴー、バナナなど、南瓜や西瓜の種子もある。これらが、鍋、鉢、鉄皿、皿、小皿に並んだ。どうぞ写真で、羨ましがってくださいまし。
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 そうだ。最後に永順の市場で鶏をつぶすのを見たので、その報告。カゴにいる鶏をお客が選ぶ。注文のあった鶏の首を、天秤棒の秤の皿の鎖にかけてひょいと持ち上げ、分銅を動かして、重さを測る。バタバタしていた鶏はそれで大人しくなる。そこで値段を交渉。話がまとまると、首の動脈を切って逆向きにツボにつっこむ。血を抜いているのだ。しばらくして、それを大きな鍋の中に入れ最後のバタバタがなくなったら取り出して、毛抜きにかかる。それで一羽の鶏が、鶏肉になっていく。お腹を開いて贓物を取り出す。これは注文を聞いているようで、まるで取り出さない場合や、肝から玉子まで全部取り出してこちらすらもったいないなぁと思う場合もある。最後に、皮に残っているらしい羽根のつけ根を丁寧に取っている。それが済むまで,10分くらいお客もしんぼう強く待っている。抜いた血ももらっていく人もいる。お客も売る側も女性が多いが、男性もいる。堂々とした見事な雄鶏を買ったのは男性客だった。それは100元、アヒルは75元、白い雌鳥は50元というのが相場だ。
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今晩はご馳走ですね、家でどんなお祝いがあるの?あなたが調理するの?いろいろ聞きたがったが、言葉を持っていない。



(最後にみなさんと別れて、ひとり北京に残りました)
4・北京のコンサートホール

 天安門広場からそう遠くない場所に、国家大劇院がある。ドーム型の大建築で内部に歌劇場、大ホール、劇場、小ホール、博物館などが配置されている。昼間は民族音楽の演奏があって観光スポットにもなっている。週末だから何かあるだろうと行ってみると、なんとミラノ・スカラ座管弦楽団の演奏会、指揮、セミオン・ビシコフがある。オペラとは関係なく1回だけの演奏のために北京を訪れている。先月にはポリーニ、今月は小曽根真が、来月は指揮者のロリン・マゼールが来る。さすが経済の発展している国だ。後で知ったのだが北京にオーケストラも3つくらいあるとのこと。秋のシーズン、大ホールは月に20回くらいの公演が入っている。チケットは、中央の席は売り切れているので、指揮者を真横から見る席480元にする。高い席(880、680元)から売り切れて行くのも中国ならではだろう(いちばん安いのは180元)。
 開演時間19:30ぎりぎりに着く人が多いし、曲の間に入ってくる人も少なくない。悲愴では楽章ごとに拍手があったりするが、ともかく満員の人たちがクラシックの名曲を楽しんでいた。前半は、ロッシーニ・ウイリアムテル序曲、プッチーニ・マノン・レスコー間奏曲、マスカーニ・運命の力序曲、そして休憩の後にチャイコフスキー・6番悲愴。思ってもみなかったいかにもイタリアという演奏を聴くことができて大満足でした。


5・中国を一人で旅をすること
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 中国をひとりで旅をしていちばん困るのは、こちらが外国人に見えないことだと前回書いたが、今回も言葉がわからないと言うと、周囲の人みんが一斉に言葉で説明にかかる。ゆっくり大声で言えばわかる筈だと信じているようで、おかしかった。こちらは何度言われても、わからんもんはわからん。
 とはいえ、中国の旅ならではのいいこともあるので、それを書いておかねば片手落ちということになる。まず、食事の時間、お客側優先で何時でも食べることができる。もちろん食堂は開店時間があって閉まっているが、なんとか入り込むことができれば無理が通る。炒め物くらいなら、作ってくれたりする、ほんとうにありがたいというか申し訳ないくらいだ。という以上に、どこかに開いているB級食堂やカウンターがある。だから食事時間を気にしないで、旅の予定を決めることができる。こちらには大変に大きいことだ。
 次にこれは、ちょっと我ながらいまだ残念でひそかに腹を立てているのだが、どうも当方は中国の典型的なお年寄りらしい。年寄りは痩せているのか、痩せているから年寄りなのか、ともかくふくよかでないことは同情の対象になるようだ。しかもこの国には、お年寄りは大切にしなければならないというモラルが深く染み込んでいる。
 地下鉄に乗って、何気なく車内を見渡すと、空いている度合いによるが、はるか離れた席の若いお嬢さんが立ち上がって手招きしてくれたりする。いいよ結構ですよと申し上げるのだが、こうなったらほとんど断ることできない、近くの人まで腰を浮かしたりするのだから、ありがたく席を譲られることになる。
 さらに、入場のチケット売り場ではパスポートを見せろと言われる。あまりに何度もあるので、要求されなくても見せる習慣がついてしまった。お年寄り割引と表示していない場所でも、70歳あるいは65歳以上は半額になったり、時には無料になったりする。何より長い行列のある場合でも、お年寄り用という窓口があってスイと入ることができたりする。
  つまり結論として、女性にもてることはまったく期待できないということになるのだが、やはり現実のご利益は多大なものがある。
 最後に、これはお茶の国の習慣が到達した設備だが、ホテルの客室には必ずポットの用意がしてある。ここでお湯をわかし、部屋にしつらえのティーバックを入れたり、持参のコーヒーを飲むことができる。これはごく当然のサービスと思われるかもしれないが、イタリアの地方のホテルなどでは絶対に期待できない。部屋でお湯をわかすなんて、なんたる野蛮人、という顔をされるだけだ。

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