旅をしている人
田原 晋

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110801~0807寧夏回族自治区(関西日中ツアー4)

中国・寧夏~ 20110801~0806
寧夏の旅で思ったこと

ちびまるこちゃんのおじいちゃん

 中国と日本、お互いのイメージが良くないと言われている。その反映なのか、以前よりツアーの観光客は少なくなった。結果、就航する飛行機もずいぶん小さくなって、通路が真ん中に1本だけで座席は左右に3席ずつ、まるで国内線のようだ。帰りの北京の空港では、広大な空港の端っぽまで歩かされた挙句、階段を下りてバスに乗るというローカル路線の扱い。日本へのイメージがここまでさせるのかと思ったが、バスから見えた機はとても小さく、あ、これでは搭乗用の通路を付けることができなくて、仕方なくこうなったのかもしれないと思ったりした。
 とはいえ、寧夏で訪ねたすべての学校や村々は、私たちを並んで出迎え、熱烈な歓迎をしてくれた。心が通い合っているあいだでは、変わることのない信頼があって、国家間のトラブルやイメージなどに影響されることはない。子どもたちの笑顔は底抜けに明るい。また銀川や固原という日本では名前すら知られていない町の商店や食堂や公園で会った人たちは、とてもにこやかで、こちらが日本人であると知った後にも、それはまるで変わらない。目の前にいる人同士の、信頼が自然に生まれてくる。
イメージだけで判断してしまう間違いを、あらためて思った。そうしたい人や、そうすることで発想を決めてしまう人は、何時の時代にもいるのだから、せめてそういう人の勝手な発想に振り回されないようにしたいものだ。
 ところで旅の間、通訳のアシスタントをしてくれた寧夏大学の日本語科の女子学生さん3人が、最後になってこちらのことを「ちびまるこちゃんのおじいちゃん」に似ていると言っていたのだと、打ち明けてくれた。こちらはその顔を知らなかったけれど、それが親しさの表明であることだけは、よくわかってお礼を言った。帰国して早速、グーグルでその顔を確認したのだが、あまりのおじいちゃんぶりにどうしようもないことだがちょっと悔しかった。けれど彼女たちに、こちらよりも詳しく親しみを感じている日本があることは、とてもすばらしいことだ。
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*通訳のアシスタントをしてくれた学生さんと、先生(西吉のカフェにて)

 まだある。銀川の本屋さんでは、村上春樹の「1Q84」が平積みされていたし、帰りの中国航空の機内誌では「数独ゲーム」が掲載されていて、日本で発明され世界的になっているというそのゲームのやり方を、こちらは今になって初めてメンバーのひとりから教えてもらった。まるで、おじいちゃんのように。              (少し変えて、関西日中の会報に掲載)

羊の一部始終

 張易鎮という町、皆さんは中学の先生方と話し合いをなさっているが、こちらは町を歩くことにした。町はずれの運動場のような広場に、市がたっていた。食べ物から日常品や衣服まで何でもあるのだが、中に肉屋さんがあった。といって木の柱を立て張り渡した針金に、牛らしい赤い肉がぶらさがっているだけの場所。屋根もなく直射日光が当たり放題、中年の大柄な美人の奥さんが笑顔で出迎えてくれた。土の上には茶色の毛皮と、すでに息をしない羊が2頭。その旦那らしい男が解体を始めたので、取り囲んだ数人の人と一緒に拝見することにした。
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 息をしなくなってからある程度の時間が過ぎ、血はすでに抜かれているようだ。おそらく牛1頭、羊2匹とここまで一緒に歩いて来たのだろう。刃渡り20㎝くらいの外に湾曲したナイフで、足首を切り血管を結ぶ。対角線のそれも同じように切り、その血管に足踏みフイゴを差し込んで、空気を送り込む。みるみる羊はボールのように丸くなる。そして解体がスタートする。
 お腹の毛皮にナイフを入れて、少しずつはがしていく。触らせてもらったがやわらかく生温かい感触に、ちょっと厳粛な生滅を祈る気持ちになる。これは作業している彼も同じようで、もう笑っていない。尾の前というか背中に大きな肉塊がある、これは知らなかったが上等な場所のようだ。やがてバックスキンのカーペットの上に白い肉が横たえられているようになって、そこでお腹にやっとナイフを刺して、内臓を取り出す。肝臓、胃などなど沢山の灰色のそれはもう部位もよくわからない。そして腸を引き出していく、それは引いても引いても続いて、その長さにあらためて驚いた。これは腸詰め・ソーセージに使われるのだろう、大切に扱われていた。そして皮を頭の部分で完全に切り離して、フックをつけバーに吊るす。そして頭を切り取って終了。地面に毛皮と、頭と内臓が残される。
 気になっていたのか、作業をした主人が撮った写真を見せてくれと言ってきて、熱心に見て納得していた。とてもいいものを見せてもらった、お礼を言ってその場所を離れる。思い出してみれば、昨年は湖南省・永順の市場で鶏やガチョウの解体を見ていたし、魚の解体は日本のお店でもつい見てしまう、自分ではめったにしないけれど。その都度、自分も動物のひとつだなぁとあらためて思ってしまう。こちらはもうシワシワで、食べられることはないだろうが~。


輝ける都市
(未)

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