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田原 晋

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110801~0807寧夏回族自治区(関西日中ツアー4)

中国・寧夏~ 20110801~0806
Ningxia Huizu Zizhiqu・寧夏回族自治区2011年関西日中・交流、教育支援ツアー

(旅の前日)週末の7月30~31日の2日間、大阪のドーンセンターで「Weフォーラム2011 in大阪」があった。30日の全体会では、劇団シルバームーンの公演もあり、31日の分科会では、屋台村に関西日中の出店もお願いして、針刺しマスコットやクコの実の販売もしていただいた。
こちらは実行委員の一人でサボることもできず、夕刻まで参加。テーマは「つながりの中で生きる力を~地域・学校・家庭で」で、現在を反映した発見の多い会であった。分科会のひとつに「超高齢化社会に立ち向かう・認知症予防教室」なるものがあり、参加してみたがいろいろ考えさせられた。なにより知り合いになった実行委員の皆さまに感心、このまま会えなくなるのが惜しい方たちだった。

1・8月1日(月)  六甲is発 6:33~7:30 関空7:30集合(出発ロビー)
CA162 関空発 9:30~北京着11:50
CA1229 北京発13:30~銀川着15:30                
朝6時前にタクシー、六甲アイランドからのバスはほぼ満席。関空でメンバー集合、もう4回目、顔なじみも多いが、初対面の方も数人。
北京の空港、へき地行きなのか先端の乗り場まで随分歩かされる。隣のブースは烏魯木斉(ウルムチ)行き、ちょっとそちらに乗りたくなった。出発が少し遅れ、銀川16:30着、ホテルでミーティング。ここで2名参加、全員が揃う、日程の確認など。夕食は市内食堂、羊の頭をふたつに割った皿(当然だがカニ味噌のような味だ)、熱々のアップルパイ、南瓜の種の部分をくり抜いて炊いた豆ごはん(南瓜も砕きながら食べる)、魚の形にしたヌードルなどなどのご馳走、早速に感激的だった。今回は中国語のわかる人、英語に堪能な人もいて、食卓は日中英が飛び交った。こちらは食べるだけ?
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 ホテルは新しく豪華。街はどんどん変化している。       宿泊・銀川・長相億賓館


2・8月2日(火)
 午前 銀川~(高速道路)~固原
午後 開城鎮・開城小学校で交流活動               宿泊・固原 華禎飯店
 8:00出発、現地の学生通訳ボランティア3人も加わる。前回は途中までだった高速道路が全通していた。黄河高原地域へ、段々畑が緑に戻されている。12:00到着ホテルは前回と同じ、昼食。
14:00出発、開城小中学校、夏休みなのに全員が集まってくれての歓迎に感動。2年前にも来ているが、周辺の開発で車の騒音がして驚く。ゆうらさんのビオラ演奏、皆熱心に聴いている。大人の方がマナー悪い。アンコールは幸せなら手をたたこう(皆で手をたたく)。さらに折り紙教室、それを手伝う。
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17:15ホテル帰着。夜部屋でコーヒー、21:00やっと暗くなる。さすがに疲れていて、早く寝る。

3・8月3日(水)
 午前 塞科郷へ 塞科小・中学校訪問 交流活動・・お絵かき教室
 午後 援助生徒の実家3軒を訪問、いずれも斜面にある。ホテルで夕食後、町を散歩。
 6:00起床、2年前にも行った市場まで散歩してみる。まだ店開き前だが、露店の一角に牛の頭がころがっていた、肉はそばのバーにかけられている。まだ生温かい頬に触れてやり、その目に挨拶する。
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 8:00出発、10:00到着。約20名にお絵かき教室。将来なりたい自分を描いてもらう。やはり隣の真似をする子が多い。女は先生、男は科学者。一人、身体のずばぬけて大きい子が軍人になると言う。他に、童話読み聞かせ、折り紙、日本語教室。その後ビオラ演奏会。昼食後、援助生徒の実家を訪ねる。
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img20110822175701522黄土高原の農家、ヤオトンの残っている家もあったが建て替えがほとんど、新生活推進中なのだ。
 18:00ホテル、夕食後ゆうらさんと町を散歩。スーパー、広場で大勢のダンス、照明付きの凧揚げを見る。
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                       宿泊・固原 華禎飯店

4・8月4日(木)
 午前 張易鎮へ 張易中学校で交流活動。こちらは市場を見物。昼食は村の食堂。
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 午後 毛庄村訪問・針刺しマスコットを作っている村。作成の女性を中心に待っていてくれた。
張易鎮から西吉県城へ                     宿泊・西吉賓館
 8:00出発、前回も来た高原の村。皆さんは先生同士の座談会、ゆうらさんと村へ。建設中だった通りは完成、空き家が目立つものの皆さん満足して住んでいるようだ。グランドに市場が立って人が多い、羊をさばいていたのでその一部始終を見る(別記)。細い路地の旧村は、もう人影はない。昼食は村の食堂、こういう店の食事は感激的。
 午後、さらに奥地の針刺しマスコットを作っている村へ。農家の中庭いっぱいにそれを吊るして歓迎していたが、生憎の夕立、慌てて雨宿り。すぐ上がって、ひとつひとつ選んだが、2年前より技術が落ちているような気がした。こちらだけの杞憂であればと祈るばかり。女性たちの現金収入の方法を確立したことは、ほんとうに価値あることだが~。バスでさらに西の町を目指す。
 初めての西吉の町、夕食後一人で外へ。ホテル前の幅20mの大通りは河川敷を望む高台に突き当たり広場に。ベンチもあって夕涼みの人でいっぱい、車椅子もいる。見下ろす河川敷は広大で、はるか向こうにダンスをしている人がいるグラウンド、電動遊具が並ぶ子ども遊園地、植林されたばかりの緑の遊歩道など、川はその先に蛇行している。一方、背後の町は碁盤目に住宅が配置されている。都市計画による新しい町。幸せそうな皆さんの顔を見ながら、コルビジュエの輝ける都市の再現だと思う。
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到着前バスから見つけたカフェに行ってみる。珈琲12元、BGMはクラシックの名曲。若い人のたまり場。やがて通訳の学生さんもやって来る。写真を撮らせてもらう。
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5・8月5日(金)
 午前 西吉県楊路村小学校 交流活動、・お絵かき教室 家庭訪問 
 午後 銀川へ(バス5時間半)                   宿泊・銀川・長相億賓館
 8:30出発、奥地の初めての学校へ、工事中で途中から約20分峠を越えて歩く。
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最初にビオラ演奏。それから教室。2回目、こちらも慣れて前回よりうまくいく。男の子はバス運転手が多い。家に帰って家族に見せてくれればと思う。
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img20110822180015633遅い昼食15:00、出発、固原高速入り口17:30、バスの中で、通訳を担当してくれた中国の学生の3人からチビマルコちゃんのおじいちゃんに似ていると話していたのだと言われた。知らないのはこちらだけで、帰って調べてみたのだが、あまりのおじいさんにちょっとがっかりしたが、精一杯のほめ言葉であったのだろうと感謝することにした。かくも日本のアニメーションは浸透している。
銀川到着21:30、学生さんたちはそれぞれの自宅に帰って行った。こちらは繁華街の巨大食堂へ、造花の大樹木が中心にある、大阪も驚く派手さ、大家族や団体さん向きの店づくり、なぜか懐かしい。

6・8月6日(土) 
 本日は銀川市内見物8:30出発、
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まず清真大寺、回教の寺であり大学。文化大革命後新築の趣ないキンキラキン。次に新しい寧夏博物館、大建築だが本物は多くない。ただ、唐の文化に大きな影響を与えた北魏、西夏、大夏、晋などのあった地域であることを知る。ショップがなくてガッカリ。
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*市内に「永寧納家戸清真寺」木造3~5層のお寺があることを知る。次回ぜひ訪問しようと思う。
 昼食後、西塔へやはり古いものはいい。なんとか登り、市内を眺める。
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書店へ、村上春樹1Q84が平積み。安い料理本を求める。スーパーへ、お茶、香辛料を求める。そして18:00空港へ。案内の皆さんに別れる。アッという間であったが、充実した日であった。
CA1264 銀川発20:05~北京着21:50 

北京行き、隣席は童話作家の野津洸子さん、こちらと同年齢とわかる。60才から中国語を学び、「百万回死んだ猫」を読み聞かせていた。見学できなかったのが残念、佐野洋子さんのフアン。若いまま年をとってしまわれたような方、もっとお話を聞きたかった。ホテルの部屋に入ったのは深夜。
                                宿泊・北京・崇文門飯店

7・8月7日(日)
 ゆーらさんと地下鉄で天安門へ、日曜で人がいっぱい。そこで別れて、こちらは胡同の豆腐屋を目指すが、朝食はもう終わっていた。そのまま王府井、百貨店でおまんじゅうを求め、食堂街で雲南名物の魚だんご入りビーフン、お茶をしてホテルに帰る。結構よく歩いた。13:00集合してホテルを出発。 
  CA161 北京発16:05~関空20:10
 中国航空の機内誌にあった「数独ゲーム」をゆーらさんから教えてもらう。日本の発明が世界的になったゲーム、欧米では問題集が発行されて大変な人気。日本ではケータイで遊ぶ人が多いとか、確かにケータイ向きだ。こんなことを知らなかったとは、なんという世間知らずだ。

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110801~0807寧夏回族自治区(関西日中ツアー4)

2011年関西日中交流懇談会・交流、教育支援ツアー
協力・寧夏回族自治区人民対外友好協会、固原市原州区教育局、中国人民対外友好協会
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1・8月1日(月)  六甲is発 6:33~7:30 関空7:30集合(出発ロビー)
CA162 関空発 9:30~北京着11:50
CA1229 北京発13:30~銀川着15:30                 宿泊・銀川 長相億賓館
2・8月2日(火)
 午前 銀川~(高速道路)~固原
午後 開城鎮・開城小学校で交流活動・ビオラ演奏   村内見学   宿泊・固原 華禎飯店
3・8月3日(水)
午前 塞科郷へ 塞科小・中学校訪問 交流活動・・お絵かき教室
 午後 援助生徒の実家3軒を訪問、いずれも斜面にある。ホテルで夕食後、町を散歩。
4・8月4日(木)
 午前 張易鎮へ 張易中学校で交流活動、
 午後 毛庄村訪問・(交流活動) 村内見学など
張易鎮から西吉県城へ                     宿泊・西吉賓館
5・8月5日(金)
 午前 西吉県楊路村小学校 交流活動、・お絵かき教室 家庭訪問 
 午後 銀川へ(バス5時間半)                   宿泊・銀川・長相億賓館
6・8月6日(土)銀川市内見学 
CA1264 銀川発20:05~北京着21:50               宿泊・北京・崇文門飯店
7・8月7日(日) 
  CA161 北京発16:05~関空20:10


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参加者・11名 (男5名・青木団長、中西、浅野哲夫・阪大)
(女性6名・南島、小谷、野津、行本、中島由布良)(中国から・中津、原田)
旅行費用 200,000+10,000円(ツアー分)      旅行保険 7,000円(東京海上日動)

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110801~0807寧夏回族自治区(関西日中ツアー4)

 昨夜遅く無事に帰ってまいりました。どうぞご安心ください。
行ったのは黄土高原地区、日本よりはるかに涼しかったのだと気づいています。
 これからぼちぼちとまとめていきます。しばらくお待ちください。

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110801~0807寧夏回族自治区(関西日中ツアー4)

 中国がまたトラブルで注目を集めていますが、8月1日から1週間出かけて来ます。関西日中の教育支援のツアー、こちらは4回目で、一昨年行った寧夏回族自治区。子供たちの素直な瞳に会うのが楽しみです。
 8月1日(月)朝6時前に出発、関空7時半集合、9時半のフライト。北京経由で銀川に夕刻到着します。今回はどこにも寄らず、皆さんと一緒に7日夜帰国の予定です。

 その前日の30~31日、大阪のドーンセンターでフォーラム。実行委員をやらされているのでサボることもできません。劇団シルバームーンの公演、関西日中の屋台村参加と、こちらの行動がすべて重なってしまいました。なんとか元気に終わることを祈っています。

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瀬戸内の旅

  このブログを本名でやっていたために、30年前の友人が気付いてくれてメイルをやりとりするようになった。なんと瀬戸内の島に住んでいる、そこが故郷であるということも知らなかったが、ちょっと羨ましいではないか。しかも数年前の「しまなみ海道、ママチャリ走破の旅」で1泊した大三島の対岸にあるとのこと、これは機会があれば訪ねてみようと思った。こちらの郷里が山口で、その高校の同期会があったので、帰りに立ち寄ることにした。

  広島からバス、芸陽交通・かぐや姫で竹原のフェリー乗り場まで1時間半。フェリーに乗ると30分で到着する。近づく船にカメラを向けていると、初めてですかと尋ねられた。観光客もそんなに訪れないようで、目立ってしまったようだ。
  ともかく別世界、というよりこちらのよく知っているというか育った昭和の日本がそこにある。友人は仕事を休んで2日もつきあってくれて恐縮したが、車の運転がありがたいので甘えてしまった。会う人ごとに挨拶しているので驚いたが、皆さん顔なじみということだろう。
  島の最高峰から見る風景は、来島海峡(しまなみ海道)のように大きな貨物船が次々に通るような派手さはないが、大小たくさんの島がそれぞれの場所を得て並んでいる様子は、これが瀬戸内だとあらためて教えられる。それは泊まった宿・清風館の窓前にも開けていて、お天気によって見える島の数がまるで変わってしまうし、島の裾がかすむ風景は日本画そのものだ。また、この宿には塩の味がする温泉まであって露天風呂もまた海に面している。
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翌日、大望月(おおもちづき)邸へ行く、隆盛を誇った廻船問屋の自邸。明治8年(1875年)の建物だがとてもセンスがいい。屋根のむくみが気持ちいい。また修復もきちんとされていて腕のいい大工さんや庭師さんがいたのだと、そのことにとても感心した。庭や茶室をふくめて温暖でのびやかな瀬戸内の良さをあらためて感じた。海と島の歴史館として公開されている。それから反対側の木江地区には荒れてはいるが古い街並みが残っていて、3階建ての民家が並ぶのは海に面した土地ならではのもので、これは大変に珍しい。小さな遊郭があったそうで、モルタル造りのカフェ跡があったりしてうれしい。
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  さらに隣の生野島に山頭火が何度も来たそうで、あちこちに彼の句碑が作られていて、それを見るのも楽しい。彼の句はここの風土ならではのもののように思えてくる。東野地区のお寺には、彼の句を描いた襖絵まであって微笑ませてくれる。
  有機栽培の農園で時間をつぶして、フェリーで竹原に渡る。
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ここはまた塩と酒で栄えた江戸後期の街並みが保存されている。ここでも修復の大工さんのセンスが良くて、落ち着いた街並みが変な味付けをしないで残されている。これは大変に珍しいことなのだと、強調しておきたい。通りの外れの高台に日蓮宗の寺があって、鐘楼を兼ねた門や本堂も気持ちよく、街並みの眺めもいい。また、一見不釣り合いな木造モルタルの「街並み保存センター」の建物も、昭和の良さが感じられて悪くない。

  以上の小さなほとんど観光地化されていない2つの場所、有名ではないが、民家好きにはとてもうれしい。各地に街並みの保存地区は多いが、これほど修復が丁寧にまとまり良く、またセンスのいい場所はないように思う。(世界遺産など有名な場所で、見るも無残な修復が行われている所がほんとうに多い)
駅前でコーヒーを飲んで、友人に感謝して、列車に乗った。呉線の終点・三原で山陽線に乗り換え車窓から尾道を見て、福山から新幹線に乗って帰った。

*建築家の澤さんより、「屋根のむくみ」とあるのは「むくり(起り)」の間違いだと、指摘を受けました。ありがとうございます。その逆は「てり、そり(反り)」と言うとのことです。

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