旅遊びの合間 の記事一覧
なんと喜寿なのだ 2013.04.18.
2013年4月18日
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なんと喜寿なのですね
誕生日、ネットの時代らしく朝から何人かの友人や知り合いの方からお祝いのメッセージが届く。別に祝うほどのものではないと思っていたが、気が付くと77才つまり喜寿という区切りの歳。だからどうだということではないけれど、そうか後10年なのだと、考えてしまった。こういう区切りは、本人に残り少なくなったことを自覚させるために作られたのではないだろうか、実は。
昨年のマチュピチュからもう始まっているのだが、行きたい場所見たい所へ行っておかないと行けなくなる。この夏はブラジルともう決めているのだが、10年では入りきらないおそれがある。国内もまた行きたいが、まだ行っていない場所が少なくない。「見ずに死ねるか」なんてあまり格好よいことではないけれど、そういう思いは強くある。それだけではない、旅とは関係ないことでも、やはりやっておきたい、やっておかねばならない、ことだってあるような気がする。
そのうち身体が言うことをきかなくなるだろうし、考えたり思うこと自体があいまいに他人事のようになってしまう可能性が大きい。それは、旅だけではなく、すべてのことにあてはまる。さて、これから10年、どういうことが待っているのだろう。
ちょっとこれまでにない、感じがしている。
幸いなことに、現在こちらのブログは新設の途中で、今はまだ書いても、即発表ということにはならない。誰も読めない。それをいいことに、これをその日に書いておくことにした。添える写真まで思いついた、よくぞ撮ったものだ。我ながら笑ってしまう、ヘヘヘ。
恥ずかしいと思う気がなくなったのか、ブレーキが効かなくなっている。感情をそのまま出して、友人を怒らせてしまい後で後悔したりする。こうして歳をとっていくのだろう。
二川幸夫さんが亡くなられた
2013年3月13日
友人からの連絡で、建築写真家で書籍や GAJapan誌の発行人でもある二川幸夫さんが5日に亡くなられたとのこと。1月14日に汐留の「日本の民家」展のゼミでお目にかかったのが最後になってしまった。身体の具合はあまり良さそうではなかったが、お話は以前と変わらず鋭くて、まだまだお元気だと勝手に思っていた。申し訳ないと共にともかく残念だ。何より、日本の建築界にとって大きな損失だろう。
という話をここで取り上げるのは、このブログが実は二川さん見ていただくためでもあったためだ。そんなことは現実にはあり得ないのだが、ともかく見ていただいても恥ずかしくないものにしなければとは、常に思っていた。そのために訪ねる場所を決め、時にはそのために旅行をしたこともあった。そしてお目にかかると、どこそこに行って来ましたと報告をしていた。
思い出してみると、1986年に西沢文隆先生が亡くなられてその実測図を世の中に見せることができないかとご相談したのが最初で、以後何かと声をかけていただいて、ご自宅に訪問したり雑誌に投稿したりした。何より1988年からカレンダーを作っていただいて、それは今年まで続いている。そのテーマについて機会あるたびにお話したのが、昨日のように思い出される。
ひとつだけ都市シリーズの最初を、パリにするかニューヨークにするかでずいぶん迷われ最後にパリに決めて制作にとりかかった。その最中の9月11日にテロがあって、もしニューヨークにしていたら中止になっていたと、そのご判断を感謝した。
この夏に行こうと計画しているブラジルは、ニーマイヤー追悼と思っていたが、二川幸夫追悼の旅にもなってしまった。
台湾に行って来ます
2013年1月19日
今年の予定を見ていたら、2~3月にいろいろあって時間がとれそうにありません。そこで旅をするなら、1月の終わりのこの時期しかないことに気付いて決心しました。
場所は、台湾です。といって特に目的はない、以前といってもう25~35年も前の頃ですが、建築家の西沢先生たちが出掛けられた。その時こちらはどうしても参加できなかったことがあります。
それで、その時のメインであった台南の町へ行ってみようという訳です。当時とはもうすっかり変わってしまっているのはあきらかですが、以前の状況を想像しながら歩いてみようと思っています。たまたま、街歩きのテレビでも中継していましたから、歩くにはいい場所だと思います。
あとは故宮美術館と、行けるなら最南端まで、と思っています。そうすれば、昨年の同じころ出かけたルソン島の続きのようにもなると思っています。
ともかく、1月24日から2月の2日まで、ほんの10日間です。では~
旅の合間に・マチュピチュ~ウユニ塩湖の旅 1209
2012年8月11日
「マチュピチュ~ウユニ塩湖」の旅計画
まるで自信のないままに計画してしまった「マチュピチュ~ウユニ塩湖」の旅、それでもなんとか実現に動き出しています。
歩き方(地球の歩き方・ペルー)に出ていた日本語がわかるという現地の旅行会社にメールしてみたが返事がない。そのことを、その会社の東京支社(グランツール ジャパン)にメールすると、すぐに返事が来た。以後そことやりとりすることになった。担当のFさんがまた親切で詳しい、おそらく自身でも旅したことがあるに違いない。こちらが思いつかなかった新しい提案を次々にしてくれて、それに従うことにする。
以前のサラリーマン時代に、何度も経験したすばらしい仕事のすすめ方を、あらためて目の当たりする感じで、懐かしく、とてもうれしい。
こうしてクスコ到着からマチュピチュの見物まで、すべて手配していただく。以後、クスコからボリビアのラパスへ飛ぶことにして、ウユニ塩湖まで出かけることになっている。
すべてがその通りになるかは、行ってみなければわからないけれど、ともかくありがたくうれしいことです。
他にも、最近旅行した友人の息子さんが親切なメールをくれたり、高山病の薬を処方してくれたお医者さんの親切なサジェッションなど、これまでまるで関係なかった方に助けられて進行している。
とはいえ、まるで使っていないのですっかり力のなくなった両手が、果たして重い荷物を持ち続けることができるか、何よりひったくりの力からわが荷物を守ることができるか。
はたまた、以前よりはるかに早くすぐに息切れしてしまう体力の衰えをなだめすかして、3週間を過ごすことができるか。
その前に、まずヒューストン乗り換えの、長時間の移動を元気に乗り切ることができるか。なんと席は通路側でなく窓側になっている。
などなど不安もまたこれまでになく大きいけれど、ともかく決めてしまったこと、それが、あれよあれよという感じで進行している。出発は9月4日、とりあえずのご報告です。
きみさん コメントありがとう
2012年7月15日
お懐かしい
コメント感謝です。その後お元気にお過ごしですか?
近況をお知らせください。
こちらは、相変わらずです。関西日中にも参加してますよ。では、