旅遊びの合間 の記事一覧
「ガンバレ日本」はまずいよ
2011年5月11日
「ガンバレ東北」は当然だけど、「ガンバレ日本」は嘘だし、まずいよと思っていたら、やっぱりその通りの反応が出てきた。ひとつは世界から、日本全体がどうも病んでいるみたいだ、行くのは止めよう、買うのもやばいぞ。当然の発想だし、それを誘発したのは日本自身なのだから、文句は言えない。世界から見れば日本はとても小さな国だから、その47地方の3つが甚大な被害をこうむっただけで、日本の中のほとんどの地域は関係ないなんて誰も知らない。(中国の少数民族の高校生から、こちら宛にとても心配したお見舞い状が届いた)
「ガンバレ日本」と言った人(おそらく被災をした人ではないと思う)は、そんなこと思い付きもしないで、ただ日本の内に向かって言ったつもりだろうがこれも間違いで、大半は以前とまるで変わらない生活だから、本当はガンバルも何もないのだ。おそらく東京(地方)の人たちが、当日大変だったし、その後計画停電なのがあったから、これは「ガンバロウ日本」と思ったのだろうが、それを認めたとしても「ガンバレ東日本」が正しい。
その結果起こったのは、自粛の蔓延で、2カ月たって数字が出たところで、やっと自粛ばかりしてはいけない。それだと景気が悪くなると思ったようだ。さらに風評被害や買い占めなどもあるが、これを行った人はおそらく自分がそういうことをしてるとは意識していない。
以上を別な言い方をすれば、「想定外の事態でした」という言い訳にみんな怒りながら、結局のところみんなもまた「想定内の対応をしてしまった」ということのように思う。想定外の事態を考えることは、ほんとうに困難なことなのだ。
言葉の旅・ 世界の標準語は英語ではない「グロービッシュ」だ
2011年5月3日
旅から帰って最初に読んだ本、「世界のグロービッシュ 1500語で通じる驚異の英語術」 J.P.ネリエール、D.ホン、訳)グローバル人材開発、発行)東洋経済新報社にとても感動したので、その報告。
帯には<「非ネイティブでも1年で習得可能 「完璧な英語」から「伝われば十分」へ>、さらに小さく<世界中で読まれているバイブル、ついに日本に登場!>とある。
<世界の標準語は英語ではない「下手な英語」だ>とよく言われることだが、それを下手という言い方ではでは違う、それこそが正しいコミュニケーションの言葉だという考え方を提唱している。英語の一段下の言語ではなく、新しい国際言語だという、逆転の発想だ。
言語というものは、生まれたときに(ネイティブ)学ばなければ正しい発音は不可能だ。だとすれば英語を標準語とする限り、ネイティブでない人は正しい言葉使いをすることはできない。それぞれの国地方の訛りや言い方に影響される。例えば、日本人はlとrの発音に苦労する。それは当然なことだと認めることから、出発している。
世界では、英語がネイティブでない人の方がはるかに多いのだから、グローバルな時代を迎えてコミュニケーションの方法は見直さねばならない。その言語をグロービッシュと呼んで、同時に英語の持つ問題点(単語数が多い、発音に一貫性がない、など)を排除して誰でもが習得できるツールとして確立しようと提唱している。もちろんエスペラントについても触れて、それが何故失敗したかについても語っている。つまり言語が文化であるという理解をした上での提唱で、納得させてくれる。とても知的な思考だ。
と同時にそれは具体的に、単語は1500語とその派生語だけ、文章は15語以内にまとめる、発音よりアクセントに注意する、などが示される。そして、本では左ページはグロービッシュ、右ページは日本語と言う対訳で示して、なるほどと納得させてくれる。さらに英語をネイティブにする人もまた、これを学ばなければならないのだと主張している。
この本のことを友人たちに紹介すると、仕事で海外と関係のあった者も、学問の世界にいる者も大変に興味を示してくれた。みんな言葉では苦労をしているようで、この本は希望を与えてくれるようだ。それを聞いて、喋れないこちらはうれしくなる。
後は、アメリカに滞在した経験があるなど、英語に堪能な友人たちの意見を聞いてみなければならないのだが、はて。
旅遊びの合間・ジャムの旅
2011年5月1日
ジャムの旅
なんだかこういうことを書くと、大変な料理好きのように見えるかもしれないが、むしろその反対。なんでもないというか昔から変わらない、ごく普通のものを食べている。朝食はトーストと紅茶。それにオムレツ、マッシュルームを入れることが多い。あとはレモン汁をしぼった野菜ジュースと、蜂蜜か粉砂糖をかけたヨーグルト。だから旅先で蜂蜜を見つけると求めたりする。たまにチーズや果物が加わる。ハードトーストはもう何年も同じものを求めていて、変わらなくて当然と思っているが、どうもそう思う人は少数派になっているらしい。かっちりとした食パンが近所にはなくなって、北野まで買いに行く。
さて、もう恒例だが、今年もイチゴジャムを作って、先ほどビンに入れて冷蔵庫に入れた。6ビンほどできたから、まあまあ普通の出来だ。いくつかは進呈するが、ほとんどはこちらの朝食用だ。
神戸は六甲の向こうにイチゴ狩りの農園がある。ジャムにするいちごは、皆さんが狩りをした後に残った形のいびつなものや小さいもの。頼んでおくと電話で知らせてくれる、ケーキ屋さんにおろすのを譲ってくれるのだ。今年は2kg、へたや痛んだところを取ると1.5㎏以下になる。
これに砂糖を加えて煮るだけだ、ただし量は通常の半分以下。それに少しの蜂蜜とブランデーとレモンに、隠し味の塩を加える。これらの量によって味や色は微妙な変化がするが、毎年その時の気分次第。といって料理本では、いちごと同量の砂糖ということになっているから、それを半分する。それだけが自慢だ。痛みやすいのではと言われるが、その前になくなってしまうから、問題にならない。
次はイチジク。店頭に並ぶと欲しくなるが、スーパーでトレイにのせて売っている。その6~8個の2つくらいを食べると満足して、残りをジャムにする。これはせいぜい1ビンだけだが、それでじゅうぶん。はるか昔、小学校の帰りに他人の庭から無断でいただいたのを思い出したりする。それに比べると、はるかに大きく味も立派になっている。
そして秋、スーパーに紅玉が並ぶとやはり5~6個を求めてしまう。出来上がった味ももちろんいいのだが、鍋で煮る、その匂いが家じゅうに流れ出すのが嫌いではない。
こうして、わが家の季節が過ぎていく。お店で買うのは、自信がないので作るのは敬遠しているマーマレードと、なくなってしまったイチゴジャム、二つは常備品だが、たまにマロンのペーストを求める。気付いてみると、いずれもブランドまで決まってしまっている。
旅遊びの合間・医院の旅
2011年4月21日
医院の旅
何時もの内科の先生はもうずいぶん長いお付き合いで、今のところは、便秘とオシッコというどちらもお通じを良くする薬をもらっている、飲まないとどちらも途端に出にくくなる。まそれはともかく時に、何かトラブルがあるとその先をどうするか水先案内をしていただいている。
1) 最初は顔の日焼け。姪の結婚式でハワイに行ったのだが、ホテルの部屋の窓の下がプール、あまりに気持ちよさそうで出かけたのがまずかったようだ、ほんの1時間だけだったのだが。帰国してから1か月以上たつのにどうも顔面の日焼けが治まらない。やはりこれはおかしいと、皮膚科に行くことになった。
家の近所のお医者さんだが、有名な名医さんで遠くから来る人を含めていつも満員。肌のトラブルは、現代の社会と個人の関係を敏感に映しているのだと思い知らされた。ちょっとした肌荒れからアトピー、もっともっと深刻な例まで、待合室にいるだけでこれまでに気付かなかった現代社会の厳しさを感じた。やはり、それを敏感に反映するのは、子どもと女性だ。
こちらは膠原病という診断。その名前すら知らなかったが、難病のひとつ。これはやばいと覚悟したが、肌から現れるのは、それ以上に及ぶことは少ないらしく、ずいぶん長く通ったが、そのうち赤が沈着してよくわからない土色になったので、先生に申し訳なかったが、そのうち行かなくなった。
2) 次は、アドリア海の旅。ホテルでしっかり用を足してから出かけるのだが、すぐに尿意をもよおして我慢できなくなる。トリエステでは、カフェの看板ばかり探しながら歩いていた。ともかく飛び込んでトイレらしき場所に直行する。おかげでそれがどこにあるか、おおよそ想像ができるようになった。そしてもう飲みたくもないコーヒーを注文する。町を歩くというより、カフェに行くために歩いているようだった。ここだけの話だが、ドゥブロヴニクの町を囲む城壁の上で、どうにも我慢できなくなって誰もいないコーナーといってそれは遠くまで見はるかす眺めのいい場所だが、ともかくそこで用を足した。当然それは染み込むことはなく細い水流を描いてやがて太陽の光が消してくれた。もう一度行くことがあれば、その場所をなでて感謝申し上げたい。
これは当然、泌尿器科だ。なぜ泌という文字があるのかとおそるおそる出かけたのだが、ここは当然のごとくわがご同輩であふれていた。同じ悩みの方が多いのだろうか、車椅子の方もいらっしゃる。この医院はご夫婦でやっておられて女医さんの方は内科、それで待合室はバランスがとれている。
それにしても投薬ひとつで見事に解決して、薬の力にあらためて感心させられた。おしむらくは、それが今も続いていることだ、止めると見事にそれは再発する。考えてみると、お通じをよくすると同時にそれを出にくくしている訳で、ずいぶん勝手なことをしていると申し訳ない気分だ。
3) さて、なぜだかわからないが旅に出ると、鼻水が止まらない。いつもたれ流しながら歩いている。だから出かけるときにポケットティシュは大量に持参する。前回の旅のモロッコでも、同行の女性に鼻水がたれていると何度も注意された。帰国するとそれは治る、何時ものことだから放っておいたのだが、今回は帰ってからどうもおかしい。鼻がつまるだけでなく、喉がつまって声が出にくい。当然、鼻からの呼吸ができないから、すぐ息が上がって口から息を吸う、心臓が早鐘を打つ。これは深刻なトラブルではないか。咽頭、食道、肺のガンの可能性もある。久しぶりに会った友人が心配してくれる。これは耳鼻咽喉科の領分だ。
子供の頃以来だと出かけると、やはりここは子供の領分、お年寄りもいるが若いお母さんが絵本を読み聞かせたりしている。その中で待つこと2時間。問診票の最後にガンの可能性はありませんか、と書いておいたのを医師は確認してこれはガンではないよとニヤリと笑った感じでのたまう。ほら喉一面にタンがつまっている。と写真を見せてくれる。鼻から落ちてきたのがここにたまったのだ。これを取ればいい、なにか面白がっているようだ。こちらはともかくホッとする。
もらった錠剤を朝夕の2回飲んだところで、なんと喉は本来こういう感じのものであったと、思い出すほどにスッキリした。以後も飲み続けて1週間後に訪問、そのことを言うと、とはいえまだ完治ではないね、とさらに1週間。帰る前に鼻の穴にガラス管をつっこんでしばらく蒸気を吸う、昔の吸入器の進化したものだろう。結局のところ、鼻の調子は変わらないので、3週間目で無罪放免にしていただいた。喉はすっきりしているが、今もって鼻は完全ではない。とはいえ、気分は最高にいい、ありがたいことだと思っている。
さて、次は何科に行くのだろう。外科も形成外科も行ったことがあるから、残っているのは脳の関係しかないように思うのだが、ハテ。
後期高齢者になる旅
2011年4月18日
本日より後期高齢者保険証を使うことになったので、記念することでもないが何時もの医院へ薬をもらいに行った。気付いてみるとこれまでの10%負担が30%になっていて、先生にこちらとしては事務手続きが楽だけど、普通なら先週来るものですよと笑われた。確かにこれまでの3倍を支払うのだから、馬鹿げている。薬局では、つい数年前まで70才以上は無料だったのだから大変ですよねと同情された。
ま、記念日ではあるので、そのまま三宮に出て何時ものハードトーストを求め、昼食はこれも何時もの中華にして、何時もの店でお茶にする。
とはいえ、すべて何時もと変わらないのは、変なような気がして、甘いものを求めることにした。といってひとりでケーキはないだろうと、和菓子のコーナーに行って結局おはぎをひつという訳にはいかなくて2つ求めて、午後と夜に平らげてしまった。
これもつい先日、会社の同期の連中が集まる会が伊勢であって、赤福餅の店に立ち寄ったのだが、皆さん意外にも甘いもの特にあんこが好きだとわかって、こういうところに年代が表れるのだと気付かされたことが影響している。
と以上の話、このブログには関係ないことのようだけれど、実はお医者さんに薬をもらいに行くようになったのは、旅と関係している。そのことを次回にまとめることにします。
*モロッコの朝、パンを車に積んで配達していた。